
続きもの、ボリーのオペ1年目です。
過去の章↓
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③章で色々な事を経験して作業に慣れてきた頃から
施行会社からの要望がエスカレートしてきました。
エスカレートする前の段階ですら土曜日に会社に帰って来週月曜日からの積み込みをしないといけないからほぼ日曜日しか休みがなかったし
いつも残業して掘ってるから結構へとへとでした。
弱音を吐かないのはオペになるための切符を無くさないためでした。
そんなところにきた要望は
貫入試験試料とサンプリング試料を現場が終わった日に運送会社に持参して郵送してほしいということでした。
ちょっとまてぇい!!と思いましたね。
調査が終わるたびに次の日に間に合うように移動している中でそんなことする余裕はありませんでした。
しかしいくら言っても意見は変わらないため結局その後は試料の郵送が当たり前になりました。
そしてそれを実作業に入れ込んで過ごしてみるとやはり大変でした。
まず運送会社が出張先のどこにあるのかが分からない、
この頃はもうスマホはあったのでグーグルマップで探しながら現場や宿に一番近いところを探しました。
中にはたどり着いても運送会社関連会社で郵送はしていないようなところに行きついたりもありましたねぇ。
コンビニで郵送ができることを知ってからは運送会社が近くにない場合はコンビニを使うようになりました。
探すの大変ですからね、、、。
どこから送るにしてもこの生活の中でこの要望はしんどかった。
要望はこれだけではなく
出張範囲を広げるというのもありました。
聞いてないよー状態です、契約して仕事してるのになにを勝手なことを...という感じ。
これも反対しても意見は変わらず、結局...きっと旅行でもいかないであろう四国の方やフェリーに乗って島に行くことになりました。
掘るだけでも大変なのに知らない土地を長距離移動しながら生活しないといけないことになっていきました。
地元と地質が違うからうまくいかないときに先輩に相談しても私が説明がうまくできないのに加えて
先輩も地域性の違いからアドバイスに困るシーンもあってそのあたりの難しさもありました。
そんなストレス生活の中で助手君と2人で一生懸命やっていたと思います。
そんな生活の中でもいいことや楽しいことも色々ありました
移動の時にサービスエリアで観光気分で地元の名物を食べたり
瀬戸大橋や淡路島など県外の有名な場所を体験できたり
街の方にいけば地元にない施設で遊んだり
ホテルのポイントをためて焼肉行ったり
まるで仕事をしながら2人で旅をしているような、そんな感じがありました。
施行会社の要望は、他にも施工会社自社班との交流や勉強会などさらに多くなりました。
そして自分達の疲れも相当溜まってきた頃に、助手君が辞めたいと言ってきました。
引き止めはしたのですが、本人の気持ちは堅く辞めることになりました。
たまに遊びがあるとはいえ出張先で仕事漬けの日々だから
私自身も心が折れそうな時もあったので、これは仕方ないと感じました。
提携業務の契約の満了日が近かったので助手くんには契約の満了日までは出張仕事をしてもらいその後に辞めることになりました。二人の旅はここでおわりです。
その後は助手さんが見つからないこともあり提携業務を引き続き出来なくなったので元請けと再契約はせずに、数年は施工会社の業務を単発で請けるような形となりました。
私の中でこの一年間は人生で一番無茶をして集中して生きていたのではないだろうか
この提携業務を通して体験したことの全部が自身の社会勉強になりました。
10代の頃にたいした社会勉強をしてこなかった分、とてもいい機会をいただいたと思っています。
オペ1年目は色んなことがあるでしょうけど可能な限り全力を尽くしてみましょう
その時は超嫌なことでも振り返ると貴重な体験だったと思うことって多いですから。
次回最終章
ボーリング技術者 ボリ・ボリー